[撮影記]
H-2.2F-1.1。今シーズン初の定地点。工事の累はさほど及んでいなかったが、影響はある。南側はほぼ消失。しかし北側は見込みなくもなし。今後ここ目当てで行くことに。しかし今年はここ数年にもまして不調。街道のイチョウ並木で銀杏を拾う。ヨドバシ小袋がはち切れるほど。上を見ると枝にまだ残っている。気温が下がるのが遅かったので今に至るまでなっているのだろう。一体全体。
早朝快晴だったが次第に巻雲が出てきて10時頃には大きく広がる。しかし透明度高く高コントラスト。
深大寺へ。武蔵境のほうが近いので降りてみたらバスがない。三鷹からなのだった。そんな気はしていたのだがここで降りたのは、内心ではなかば歩く気でいたからだろう。3km程度。たいしたことはない。ついて14時。ちょうど本堂正面に完全順光。山門の茅葺きはさすが「別格本山」だけのことはある。他はみな焼けてしまい、山門が桃山時代以来の境内最古の建造物だそうだが、山門だけが焼け残っているところはしばしば見うけられる。湯島聖堂もそうだし、増上寺もそうだった気がする。山門は周囲に焼けやすいものがないから残るのだろうか。それにしても本堂より立派なくらいの門がよくあり、外人が門を見てメインの建物かと勘違いするのもむべなるかな。受付の老人に三脚立てて撮影していいかとたずねたところ、いいに決まってるだろこいつ何を聞いておるのだとばかりに怪訝な顔。よほど特殊な撮影の図でも浮かんだのだろうか。さっそく正面。都内では浅草寺に次いで古い寺だけあって、妙な飾り立てはないが堂々たるたたずまい。常香楼の先に木の柱があり、その先から。わりあい近いが、さほど大きくないので充分収まる。正月の飾りつけの残骸があって電線が張ってあったりするがよしとする。ポラ3枚も切ってフレーム調整している間に太陽が動き、影が左右対称ではなくなり、やっぱりバスで来ていればもっと早く着けたのにとも思うがこれもまたよし。UVフィルタがなくなったので切ってつけるがブロアすらなくホコリとキズが気になる。参拝客が多いがピングラ上ではフレームから消えて見えない。しかしフィルムには写っている可能性があるのでなるべく人がいない時を見はからって露光。ポラの3枚目と同一位置。風向きによっては常香楼からの煙が来てヌケが悪くなるような気もうっすらしつつEV15.2にカットフィルムで50s。フィルタをはずしてQLのNCで1m。しかし封筒を抜いてから参拝客がいなくなるのを待っている間にシャッターが半分開いていたのでカブったかも。さらに上が切れていることのないようやや上向きにして余白を入れカットフィルム1m。左側に小型クレーン車を停められ、ひょっとすると少し見切れたかも。この時点で15時。日がかなり低く、木の枝の影がかかってきており、西空に雲もあるのでここで切りあげ。撮影させてもらったので5円玉を賽銭にお参り。年が明けてから相当数の神社仏閣を回ってきているが、実にこれが初詣。元三大師堂は扉が開いていてお経が聞こえるがここはお参りだけ。
帰りはバスと思ったがやっぱり歩く。東八道路沿いの野崎八幡宮。神社のはずなのだが、なぜか境内に仏教の施設が同居している。さすが日本ならでは。諏訪神社は見過ごす。長久寺はまあまあ立派。国立天文台へ。ドームが多数。100年前の赤道儀が用途を代えたとはいえまだ現役で使われているというのには驚く。科学技術の測定機器が、しかも国の天体物理学研究の頂点というべき機関で、だ。きっと新造した方が早いだろうに先人への敬意から工夫して活用しているに違いなく、一見古いものを乗り越えていく連鎖であるかに思われる自然科学の最先端でこのように過去の遺物が顕彰されているのは、探求者としての共感からなのか。これが真の「文化」というものだろう。順序が逆だが最後に正門で見学許可をとろうと申し出たら、初老の守衛に「いやー悪いね、4時半で終わりなんだ、また来てね、土日もやってるし、ほんとごめんね」としきりに言われる。こんな対応されたことない。商業目的の撮影は御法度とのこと。商業目的じゃないでしょ。自分でもよくわからんけど。別にあのおっさんを出し抜くつもりはない。実際もうかるわけじゃなし。独法化でサーヴィスに気を遣ってるとはいえ、ここがいい施設だということはただちにわかる。研究者らしきひとが気晴らしっぽくのんびり柔軟体操してたりとか。いい大学の雰囲気。ここはいずれ明るい時に再訪。それから龍源寺。まあまあでかい。余裕があれば。三鷹駅近くの禅林寺は結構でかそう。法専寺は見えず。鎌倉行あたりからできた足のマメが膠着し、左足は親指のつけねという今までできたことない場所にできて難儀。