医用写真感材の現状を調査すべくお茶の水の日大*歯学部*付属*歯科*病院へ。歯科は会社を辞める直前に行ったきりなので11年ぶり。
ミッションを隠し患者を装って受診。X線撮影。1カットごとに拘束具めいた器具に35mmライカ判程度のサイズの感光材料らしきものをセットしたものを咬まされ、場所を変えてはとりかえて露光、というのを計14回。感材の角が口の中であたって痛い。以前行ったところは神保町交差点近くの歯科医院だったが、かなりごつい設備をもっていて、歯茎のまわりを180°ぐるっとスキャンしてパノラマ状に歯列が一枚で再現されるものだった記憶がある。それにくらべるとずいぶん古めかしい機材なので意外。あれから10年以上経っていて、しかもこちらははるかに規模の大きな大学病院なのに。大学病院というブランド力があるから昔の設備でも通用して、個人医院だからこそ最新の設備を入れないと客を呼べないということなのかもしれないし、専門の医師の雇用という事情もあるのかもしれない。
露光は200mlのコップと同等の管がZライトのようにフレキシブルに動くようになっていて、それがX線の光源となっているらしい。露光中にそれを見るのは、角膜からのピントが合ったら網膜が破壊されそうで怖くてできない。撮影する部分に応じて光源の位置を変えて露光。レンズなどはない。要するにフォトグラムだ。出てくる光は平行光なのかと尋ねると、少し角度がついているという。凸レンズのような集光機構が入っていて収束させているのだろうか。詳細は聞けず不明。
撮影後しばらく待っていると現像が完了し見せられる。自動現像機があるらしいが、フィルムは手動で入れるとのこと。水洗も手作業のほうが早いらしい。どんな自現機だ。35mmライカ判相当のモノクロフィルムが14枚並べられる。細かい組織も出ている。でも原板サイズだからそう見えるだけで、引き伸ばしには堪えないだろう。
オフセット印刷の刷版に供する素材としてPS版というものがある。写真的に焼き付ける銀塩感材である。環境対策の風潮から銀を使わない赤外線硬化型のサーマルプレートが数年前に出はじめたが品質に問題があるということだった。しかし現状では品質も向上しPS版をリプレイスしつつあるのかもしれない。また感光性ではあるが銀塩ではない、半導体同様のフォトポリマーもある。このPS版は紫外線にのみ感じる感材で、室内の人工光源下では露光することなく扱える。銀塩感材でありながら暗室いらず。プラチナ・パラジウムプリントの感光紙のようなものだ。X線写真フィルムというのは、このPS版のようなものだと思っていた。X線の波長は1pm−10nm程度であり、紫外線は10−400nm、紫外線のすぐとなりのより短波長側がX線である。ところが看護士に聞くと、「レントゲンフィルム」は室内光に曝すと真っ黒になってしまうという。暗室で赤いセーフライト下だとかぶらない。なんだわれわれの使ってるモノクロ感材と同じじゃないか。
そういえば「レントゲンフィルム」でありながらレギュラーとかオルソとかいう記述があって引っかかっていたのだった。

そこで調べるとこんなページがある。アグフアは現時点では作ってないはずだし、コニ*カミ*ノル*タは小田原のカラー印画紙*工場をD*NPに譲渡したがフィルムは生産終了したと聞いている。医療用フィルムも作っていないだろう。だから過去のデータと思われ、早晩このページも消えるだろう。このページによると、

アグフア
フジ
コニ*カミ*ノル*
コダック
 
レギュラータイプ(青色感色性)
オルソタイプ(緑色感色性)
専用タイプ
 
標準タイプ
ハイコントラスト
ワイドラチチュード
 
半 切14×17
大 角14×14
大四切11×14
四 切10×12
六 切8×10
30×35cm


とあり、専用というのはわからないが、レギュラーとオルソがあるらしい。しかしオルソというのは一般には青にも感じるはずなのだが、それはともかく、X線フィルムは可視光にも感じるものらしい。赤外線フィルムは赤外線だけでなく400nmから500nm近辺の青にも感じるので赤フィルターを装着する必要があるが、それと同様のものなのだろうか。それとも、一般のフィルムはみなX線にも感光するものなのだろうか。軟調・中間調・硬調があるのはグラビアフィルムと同様。サイズもわれわれのなじんだ規格なのだが、「大 角14×14」と「30×35cm」というのはこの方面ならでは。
しかし分光感度曲線を見ると一般的なオルソタイプとほとんど変わらない。どうやら蛍光体X線を受けて可視光を発光し、その青色発光成分あるいは緑色成分に対して感光するというものらしい。なるほど、直接X線に感光するというものではなかったのか。だから可視光を遮りなおかつX線は通すパックに入れておけば、遮光蓋を引くこともなく撮影ができるわけだ。本日の撮影はそういうこと。うちにあるオルソフィルムと同様のオルソクロマティックな乳剤に、X線に反応する蛍光体が加えてあるということか。じゃあレントゲンが撮影した夫人の手の写真はなんだったんだろう。19世紀末にそんなこみいったことができたとは思えないのだが。役立たずのWikipediaにはろくな情報がない。推測するに、色素増感していない銀塩感材の短波長側の裾野、紫外線とX線の境目あたりのわずかな感色性がある帯域に感光したのではないか。
ともあれ、X線写真をはじめとする医用写真が、銀塩写真製品の最後の砦だろう。これが生産されているから、ゼラチンの精製加工が事業として成り立ち、写真乳剤の生産ラインがあり、トリアセテートフィルムベースの製造数量が稼げるわけである。医療用途の銀塩写真がなくなったら、そのおこぼれにあずかっているモノクロ写真製品事業などひとたまりもない。そして実際のところ、X線を受光するセンサを採用したフィルムレスの医用画像システムがすでに商品化されているらしい。しかし大学病院クラスでの旧態依然ぶりを見ると普及はだいぶ先だろう。X線そのものを屈折させて結像させる光学レンズはないようで、X線の当たった蛍光板からの蛍光をレンズで受けるということしかできないらしい。それで鮮明な像を得るためには、蛍光の量を増やすためX線被爆量を上げる必要があろうが、そんなものみな嫌がるに決まっている。だからレンズレスのフォトグラムでやるしかなく、コンタクトプリントのようなものなので、大判のセンサが必要となる。たかだかライカ判フルサイズやセミ判程度の撮像素子でさえ多額のコストがかかり、しかも売れないために量産効果も起こらず高止まりしているというのに、低解像度とはいえ10インチ角もの光学センサの製造原価や歩留まりがどれほどかは察しがつく。そのコストを感材コストの削減効果や利便性が上回ることは当面なさそうな気がする。
しかしわからない。大学病院ということで研究対象にされるらしく、口腔内をカラーで一般撮影されたのだが、NikonD-1Xあたりの手持ち撮影だった。リングストロボがついていたがレンズが確認できなかった。通常のマクロレンズではなかったように見えた。だいたい近接撮影なのにあんな手持ちでまともにピント来るのだろうか。専用の撮影システムもあるだろうにと思ったが、コストを下げているのだろう。それでも民生用ハイエンドではあるけれど。効率を考えればX線写真もデジタル化してもおかしくない。印刷業界がある時期雪崩を打ってデジタル化したようなことが起こらないとも限らない。CTこれ自体がX線センサの集積だろうMRIに非破壊画像検査の中心が移行したら、簡易的なX線写真は歯科や骨折など一部の診療に限られるようになるかもしれない。
それにしても最近の病院は親切。説明はていねい、ずいぶん気を遣ってくれる。
帰りに秋葉原ヨドバシに寄り、現像液はないだろうなと思ったら新宿ほどではないがあった。ずいぶん値上がりしている。5、6年ぶりにモノクロシートフィルムの現像をやろうと思うのだが、Microdol-Xはもうこりごり。1:3は時間が長すぎて、ロールフィルムのタンク現像ならともかく全暗中のシートフィルムの温度管理は困難。現像用タンクには温水魚用サーモスタットが入るような余裕はない。シートフィルムにT-maxDeveloperは推奨されていないので、補充タイプのT-maxDeveloperRSとHC-110と最近発売された環境対策製品であるXtolのいずれにするか迷う。たまにしかモノクロをやらないし、モノクロの階調再現にそれほど執着もないので現像液はこれでなければというものがない。これじゃ画質がどうとか大口叩ける身分じゃない。HC-110は原液濃度が高いので希釈がシビアだしXtolはまったく情報がなくて得体が知れない。T-maxDeveloperは10数年前の一時期使っていて最近でもたまに使うので、T-maxDev.RSもその延長で使えそうな気がするし、しかも初体験ということで使ってみたい気もする。T-maxDeveloperについては粒子が荒れるとか悪い評判が多いが、4x5だから多少荒れても平気だし、T-maxフィルムの専用現像液としてわざわざ供給されているのだから無難だろう。ということでこれ。Kodakはフジにくらべると迷えるぶんまだ選択の幅がある。最後に残るのはKodak、かどうかはわからないけれど、フジはあっさり撤退するだろう。モノクロフィルムと薬品に関しては、Kodakは踏んばってくれるのではという気がしている。かつてのKodakは、10数年前のAdobeのようだったのではないかと思う。世界中の頭脳、それも創意工夫を心底おもしろがるような最高の人材が結集していたのではないか。昔のKodakの書籍やガイドブックなどを見ると、きわめて水準が高く、目配りが利いていて、しかも合理的でわかりやすい。かつて写真はそういう勢いのある産業だったのだ。Kodakのコンタクトプリンターなど、昔供給されていた暗室製品はすばらしい品質だったらしい。4x5現像用のハンガーを入手したが、これで現像するのが楽しみだ。
フィルムコーナーを見たらFOMAPANがごっそりあった。モノクロは結構充実している。しかしいつまでもつか。モノクロが先かカラーが先か、今後のなりゆきで待機中の構想のどこから先に手をつけるかを考えなおす必要があるかもしれない。
X線写真を使った鑑賞対象としての写真には、奈良原一高とか杉浦邦恵とかいろんな人の前例があって、この上何かができそうもないし、本気でやろうとしたらX線管を操作する必要がありハードルが高すぎるので、現状では見送る方向。