晴れ。午前中やや巻層雲。天候は万全ではないけれど、たまにはカメラ背負って歩かないと息がつまるし、晴れわたってから後悔するよりはと出かけるが、大崎に着いたころには巻層雲が広がってくる。やむなく下見に切り替えて綾瀬へ。たぶん11年ぶり。東京体*育館は90年か91年、Nikonを使っていたときに入り口付近内部の壁面を撮影したという記憶があるのだが、行ってみると記憶にあるような入り口はない。改装されたか、別の場所だったか。それにしてもそんな最初期からオールオーヴァー方面のことをやっていたのだった。建物の周囲に余裕が少なく道路に切迫しているためあまり引きがとれない。正面も期待はずれで帰ろうかと思ったが、気をとりなおして展開してみるとこれはこれでよさそう。何かの催しらしく高校生が正面前に座りこんでいるが、何とか追っ払えないものか。直近で構えたら嫌がって逃げてくれるだろうが、あとの逆襲が懸念される。率直に話してご退去願うとするか。側面や裏側はぱっとしない。南側から昼前後に。
都の施設はたいてい、交通事情もよくない上に敷地が狭くて窮屈そうにしている。国の施設はもっと潤沢に土地を使っているところが多いし、自治体でも他県の施設は広々していることが多い。地代がほかより全体に高く、公共事業への地方交付金が受けられないため予算も限られており、それを土地取得に割こうとすると業者の取り分がなくなってしまうために、土地は切りつめているといったところだろう。だからもともと都有地だった公園に立てられている東京都現代美術館あたりは比較的ゆったり。
昼にタイ料理バイキング980円を食べ過ぎて苦しくなり公園のベンチでしばし休む。1000円くらいの食べ放題なんておいしくないに決まっているし、そのくせいつもこうなるのでもうやめようと思うのだが、性懲りもなくやってしまう。しかも晩に近所の飲み屋の2周年記念3000円飲み食い放題で戦果低迷。
*菱製*紙工場跡地が気になり金町へ。足立区、葛飾区は高層住宅が少なく空が広い。中野杉並より子供が目につく。親は低学歴低所得高繁殖力といった風情で、西側の繁殖能力に乏しそうな高学歴低所得者層とは好対照。跡地はほぼすっかり更地になり、整地ずみ。2004年ごろに常磐線から見たときには煙突や炉が解体中だった。もっと早く行っとくべきだったとはいつも思うこと。でも作業中に行っても見張りが厳しくて入れなかったろうが。煉瓦の建物二棟と赤さびた鉄の球が残されているのはモニュメントとして保存するということだろうか。17時頃北の空が晴れてきたので球をやってみるかと思ったものの日が傾きすぎなのでまたいずれ。U*R所有になっている模様なのでそのうち集合住宅の建設作業がはじまるはず。早めに。現時点では守衛がいないので侵入は可能だが、壁を乗りこえているところを通行人に見とがめられてチクられると厄介なので要注意。監視カメラはなさそうだったが油断大敵。
この工場ではかつて月光などの印画紙も生産されていたはず。古巣に入社してすぐのころ、紙屋の接待として編集部総出でここへ見学に行くことになっていたのだが、社長に話を通していなかったらしく直前に発覚してへそを曲げられ中止させられたのだった。合法的に入れるチャンスだったのだが。その先代の社長もなくなってはや7年。かつては反感ばかりだったが、その名も『詩集』なる書物を著したり似通っている部分は多々あったろう。かつてことあるごとに先代社長への不満を垂れ流していた元上司たちがいまでは「前の社長はよかった」と平然とうそぶいているなんて話を飲み食い放題しつつ聞く。
写真屋さん45のwebプリントサービスによる80円2Lのピクトロペーパー。水はねを拭きとったら色が剥げたらしく拭きあとが薄くなっている。染料タイプインクジェット並の堅牢さ。