13日目。朝から雨。
かの有名な阪急電車にはじめて乗る。長岡天神。前夜急な仕事を片づけねばならずThinkpadトラックポイントIllustratorを悪戦苦闘して操作していたため長岡京市についてほとんど調べられなかった。駅の近くに市役所があるので観光課で観光地図をもらおうと思ったら日曜日だった。駅員に聞くと今はないという。街頭地図もない。いきあたりばったりだと無駄ばっかりなのだが、何度やっても懲りない。とにかく長岡天満宮へ。板金屋根が赤いがとりたてて別に。池が広い。市内観光図があったので情報を仕入れる。観光地図置き場があるが空でぼろい。使われていない様子。長岡京市は観光客誘致をあきらめたのか。さらに市立図書館で観光ガイドを見る。図書館が入っている長岡市民センターの入り口には狛犬。中国の提携都市から贈られたらしく中国風で装飾的。口に丸い球が入っていて動くが左右とも。つまり阿吽でなく阿阿。
長法寺は近年築。光明寺西山浄土宗総本山。長いなだらかな石段が続き期待させる。御影堂は大きく屋根1層。風格あるが地味。左右柱に「法然上人八〇〇年……」などと大書。そして手前に常香炉。飾り瓦は四足の獣で座ったりチンチンしたり、阿弥陀堂では後足を上げたり後足で立ったり。もし余裕があれば。と思ったら三脚は不可と言われる。一人認めるときりがないので、三脚使ってれば注意すると。よく見れば三脚一脚などカメラを固定しての撮影は不可とでかでかとあった。紅葉が有名な寺らしく、石段の左右が紅葉すれば典型的な絵になる風景だろう。近隣の人たちが押しかけ、目に余るものがあってこの対応となったのだろう。カメラを買った、あるいは写真がやりたい、でも撮るものがない、何を撮影していいかわからない。これはそのへんのいわゆるアマチュアだけでなくマンネリエスタブリッシュ面子でも同じ事情である。対象がなければどうにもやりようがない。対象次第だからだ。そうすると人がやっていること、広く認められたものを撮影することとなる。特定の対象に押しかける。場所と対象の奪い合いだ。でも、三脚などというのは大型のフィルムを使うカメラの名残であって、大判中判が終息していき、やがてデジタルカメラの常用感度が上がってなおかつ手ぶれ補正性能が向上したら、近接撮影かよほど長い球を使わない限り三脚なんぞ無用の長物となる。いずれ、そこらで撮影している人々は誰も三脚などという邪魔なものは使わなくなる。あと20年もすれば、三脚使用禁止などという習慣は完全に過去のものとなるだろう。その時には金閣寺も撮影できるだろうか。フィルムが残っていれば、だが。
乙訓寺は拝観料300円とあるが、ボックスは空。ボタンか何かが有名らしく、盛期だけ徴収するのだろう。考えてみると、京都の寺に春や秋に押し寄せる人々は、寺院を見るというよりも、その場所で花や紅葉を見ているのである。その場所が有名であるからそこで見ることに価値を置くにすぎない。ただの花鳥風月。決まりきった風景。でなければ仏像や仏画、すなわち特殊な人像を見る。つまるところ人が見たがるのは風景か人像、それだけなのである。建築なんて見ている人はほとんどいない。寺への道を聞くと、今何もやってないよ、梅にも早いし、などとしばしば言われる。近隣住民にとっても寺は季節の植物を見に行くところという位置づけのようだ。あるいは、本人たちはそうでなくとも、よそから見に来る観光客はみなそれを期待しているものだと考えているか。ここの本堂の飾り瓦も花。何の花かは知らない。売りはすっかり花。
向陽高校近くに車軸型給水塔。地図もなくえらい遠回りしてさんざん歩いた挙句勝龍寺。歩いたわりにはこれか。勝龍寺城跡はどうしようもない。ここにも姉妹都市からの石塔。登り龍の上に獅子像。凝った細工。神足神社チラ見。
上山崎に行き離宮八幡から宝積寺。仁王門の金剛力士像は保護ネットなく露出。風化。拝観料徴収の痕跡。古いガイドには拝観料200円とあった。昔は観光客が大挙して来たんだろうか。小三重塔は古い。本堂には縦縞の幕。大念寺は×。観音寺の手前に、竹林背景の石の鳥居があり、陽はささないだろうがちょっといい。本堂は小さいが風格がある。飾り瓦は逆立ち。仁王門も立派。かつて栄華を誇ったが戦火で焼失したという寺はよくある。復興されずに消えてしまう。地名にしか残っていないところはたいていそうだろう。空襲に遭わなかったとはいえ、ずっと昔から幾度となくそうしたことは行なわれてきたのだ。ここも昔は大きかったらしいが、小さいなりに再建され残っている。
歩きすぎ。長岡京市の市街地部分を一周した格好。でももう行くことはあるまい。