黒フチつきプリント

2002年の個展以降はすべてネガの黒フチも含めてフルフレームでプリントしていたが、2005年までは、Lambdaの場合はネガのフレーム通り、引き伸ばしの場合は少しマージンをつけたネガの外側でイーゼルによってシャープカットしていた。しかし2006年の個展でDurstで4x5を焼いたら、印画紙上のイーゼルマスクで明確に画面を切るのでなく、フィルム側の開口部でマスクされるため画像の境界がにじんだ仕上がりになった。それ以来、現行の箱で撮影したネガのプリントはこれで行こうと考えている。なぜか。
2002年以来フィルムをフルフレームで展示してきたのは、フィルムで撮影した画像であることを示し、写真というメディウムであることを明確化するためであった。それは、写真を意識させ、写真のお約束を一枚剥いでみせるということでもあり、70年代以降ときおりとられてきた手段ではある。35mm判であればパーフォレーションつきのプリントというわけで、もう廃れつつあるが、しばらく前まではフィルムというメディウムを示す符牒として世間的に定着していた。現行の箱でシートフィルムのノッチや銘刻まで含めた全面を提示するのは、フォトレタッチで変形させたわけではなく、確かにフィルム上にこのように結像されたと強調するという副次的目的もあったが、これは消極的な理由にすぎない。2006年の個展以降、黒フチだけでなく、そのまわりをぼかし、しかも白地が黄になり、赤を経て黒に至る、色相の変化をともなう溶暗にしようとしている。それは、単に視覚的効果を狙っているだけではない。
フィルムをフルフレームで焼くのとはひとまず別の手法として、画面外側の黒フチにネガキャリアの複雑な反射パターンを出すというものがあり、特に35mm判からのプリントでよく行われる。アルミのネガキャリアを削って、削りあとを黒く塗らずにアルミの地肌が露出したままにすると、光が反射して画面周囲に模様のようなきらきらした枠ができる。そういうキャリアは実はうちにもある。VR90を譲り受けたときについてきたのだが、前オーナーは引き伸ばし機付属のネガキャリアを削ったが黒フチの出方が気に入らずもう一個、さらに一個キャリアを買っては削って、結局最初のがいちばんよくてこれで焼いていたという。全部もらった。このネガキャリア削りプリントは、これ自体がありふれたクリシェであるばかりでなく、外側の複雑な階調変化ばかりが目についてしまい画面に注視できなくなり、また同じキャリアを使えばどの画面にも同じパターンが形成されるので、1点ならともかく展示で複数並べると単調な繰り返しになる。泰西名画のデコラティヴな金の額縁みたいに主張が強すぎて、安易な装飾的意味だけで終わっていることが多い。以前新宿の画廊バーで見たモノクロスナップは、インクジェット出力であるにもかかわらず、こうしたネガキャリア削りのチカチカした黒フチが画像の周囲をとりまいていた。削ったネガキャリアでいったん銀塩引き伸ばししたのちにそのプリントをスキャンしてインクジェット出力したか、フィルムを削ったネガキャリアに挟んでスキャンしたか、合成したか、のいずれかである。聞いたら案の定合成とのこと。理由を尋ねると、そのほうがそれらしくなるかなと思って、とか。なるほど合点。彼はそれまで見てきた誰ぞのモノクロスナップに憧れて、黒フチつきプリントのまねがしたくて、銀塩引き伸ばしは面倒だからインクジェットにしたけど、でもそれっぽい効果を出したかったのだろう。50代後半くらいで商業写真屋だそうだが、さもありなん。「それらしさ」とか「○○風で」とか「○○みたいな感じ」ばかり追っかけさせられているとああなっちゃうのだろう。しかも手抜きもまったく厭わない。銀塩引き伸ばしでキャリア削りの黒フチがついたプリントは、そんな捏造ではないだけよほどましだけれど、既視感のある様式を無批判になぞっているという点では近いものがある。
フィルム全体を焼くフルフレームプリントとネガキャリア削りは、作業上は別のものである。フルフレームプリントはガラスキャリアでないとできない。一方ネガキャリア削りは、一般にガラスなしのスヌケのネガキャリアの開口部をガリガリ削るものであって、フィルム全面は焼けない。今やろうとしているにじんだ黒フチのエッジは、ガラスキャリアを使うものであり、35mmで一般的なアルミ地肌むきだしのぎらぎらなものではないけれど、画像内容を見せるという目的に対しては邪魔な要素になりかねない。なぜアンチニュートンガラスでネガキャリアを自作までして、その上ここまでの労力を投入して、にじんだ黒フチつきにしなければならないのか。それは、光学系を介して露光し焼きつけたのだという表明なのだろう。上記商業写真屋のようなインチキならともかく、引き伸ばしレンズによって結像させない限りはあのような光学的ノイズは発生しない。一方、画像内容だけでは、今やその画像がどのような手段で形成されたのか一般には容易にはわからない。Lambdaやインクジェットではなく、まぎれもなく銀塩引き伸ばしで焼いたのだと、画面の外側にああした刻印を入れることで明確に示したいのだろう。