スポッティング(4) さらに拡大鏡

実体顕微鏡使用時には、修整筆を直立させて持つのは不可能である。厳密にそれをやろうとすれば、筆の軸で筆先が隠されることとなる。顕微鏡の光軸を観察面に対して傾斜させ、アオって観察することも考えたが、被写界深度の浅さから困難と考えられる。筆を直立させて点を打つことよりも、穂先と修整箇所の接触を見るために、斜めから見るほうがいいのである。そうすると、自由な角度から見られる双眼ルーペがやはりよかったのかと思えてくる。しかし、プリント修整ならいいが、ネガ修整には倍率の問題がある。
『暗室百科』では観察倍率として7倍が推奨されているが、あれはスポッティングというよりレタッチングを考えてのことだろう。顔の修整の場合、顔全体のバランスを見ながらの修整が必須だろうから、むやみに倍率が高ければいいというものではない。だから2倍が必要になる局面もある。ところがスポッティングでは、当該箇所の近隣部分とさえ整合がとれていればよく、その周辺まで気を配る必要はない。ネガのキズがはっきり見えなければならないので、レタッチングよりもさらに高い倍率が必要になる。ホコリの場合、10倍は必要。ホコリ跡を仔細に観察するためにはもっと高倍率でもいいが、今ある既製品の水彩筆の穂先がけっこう荒いため、穂先を監視する上では、これ以上倍率を上げてもアラが見えるだけであまり意味がない。10倍が最適のように思える。やはりこの判断が正しかったのだ。
PeakのピントルーペはI型もII型も10倍。ピントルーペでは、引き伸ばしレンズによって拡大されたネガ像をさらに拡大して見るので意味合いが違う。実体顕微鏡の10倍ではカラーネガの粒子がやっと見える程度。ところで小穴式ピントルーペのI型はケルナー型2群3枚、II型は3群4枚。II型のほうが見えがいいわけだ。ただしII型は本体の精度で劣る。
大鏡の倍率だが、京葉光器の説明では
倍率=(明視の距離)/(焦点距離)+1
で算出するという。明視の距離は、対象を観察するのに適するとされる250mmが慣習的に用いられる。
Wikipediaによると
倍率=250/(焦点距離
を表示した製品などもある。では250mm離れた距離から肉眼で見た像と4倍のルーペで見た像の大きさの比が1:4かというとそうは見えない。比較が難しいのだが、せいぜい2倍程度にしか見えない。拡大鏡の倍率は計算式から導かれる数値に過ぎず、実際に見た場合の拡大率とは異なる。ところが写真引き伸ばしでは、4倍の拡大率といえば原板の4倍の画像が印画紙に焼き付けられるということである。原板と引き伸ばした印画紙とは同じ距離で比較することができるが、実対象とルーペによる虚像とを同じ条件で見ることはできない。そして一般に販売されているルーペの倍率は目安にしかならない。だからネガを4倍に引き伸ばしたのと同等のスケールで観察するためには、4倍と表示されているルーペでは足りなかったのだ。安価なヘッドルーペでも2倍と謳われているものは実際は2倍にも見えない。1.7倍あたりではもとの対象とあまり大きさがかわりばえせず、使う意味あるんだろうかと感じた。双眼ルーペを覗いたときには計測はできなかったが表示倍率ほど大きくないという印象をもった。
顕微鏡では倍率の算出法が違うらしく、250mm離れた対象の見た目の大きさに倍率を乗じたのとほぼ同等かやや小さい拡大率で見える。10倍の双眼実体顕微鏡で見た場合、15倍のルーペで見た像の2割程度大きい印象。
さて、こんなことをぐだぐだ考えていても作業はいっこうに進まない。
『暗室百科』の「ポートレートネガの原板修整」は「とにかくやってみよう」という見出しがついたセクションで締められている。「このような技術を修得するには、“とにかくやってみる”という気持ちが大切だ」とある。ここで述べられているのはニス引きした上に鉛筆で加えるモノクロネガの修整で、失敗してもニスを引き直せば元通りになるので、染料での修整とはちょっと違う。カラーダイによる修整は、アンモニア水で拭きとれるということになってはいるが、実際には一度つけたら消すのはなかなか難しいだろうから、肝心なネガに修整を加えるには覚悟がいる。それでも、尻込みしてては何もはじまらない。瑛九が書いていた「失敗したら又やってみましょう」にも通ずる、鼓舞し後押ししてくれることば。スロースターターなのはどうにも直しようがないけれど、とにかくやってみよう。