スポッティング(5) やってみた

スポッティングは明室作業なのだが、該当するカテゴリーがない。[撮影]のあとは即[暗室]、それ以外は[機材・感材]という作業の流れをずっと思い描いていたのだ。でもこのためにカテゴリーを新設するほどのものとは思えない。結局のところスポッティングの重要性をその程度にしか認識していないということだろう。写真内容に大きな影響を及ぼす工程ととらえるには無理があるからだ。外注するフィルム現像なども含めて、撮影の後工程として広義の[暗室]作業と見なすことにする。
まずは失敗ネガで。2006年の都立工芸高校。その年の個展に出したのはQLでのカットだったが、同時に撮影したカットフィルムホルダでのKodak160VC。顕微鏡にかけるとがっかりするくらいホコリだらけ。
KodakのTech Pub E-71に従ってRed5滴にYellow1滴、水18滴の処方をつくる。スポイトから水滴が落ちるという現象は、スポイトの下端で液体がふくらんでいき、その重さを表面張力で支えられなくなった時点で起こると思われるので、スポイトによる計量が有効なのは、表面張力を無視するなら、1滴の重さが一定であるからだと考えられる。ところが、カラーダイは染料が含まれているぶん水より重いはずだから、1滴あたりの体積では水より少ないことになる。一般に液体の計量は体積比だろうが、重量で量るのはどんなものなんだろう、などという些末な疑問はどうでもいいのだが、できた混合液はほぼ赤。赤のほうが濃度高いのに黄をちょっと入れたって勝てやしない。
Raphael8404の6/0に含ませネガのベース面に置く。ただちに無理だと判明。なぜか。顕微鏡の倍率は妥当。不器用なのか。それもある。だが最大の障害は筆が太すぎること。その上腰が弱いので先がへたって筆跡がひろがってしまう。かすれた状態で打とうとするのだが、処方が薄すぎるのか、ある程度の濃さにしようとするとにじむ。筆の含みが弱いのでかすれた状態では色が乗らず、たっぷり含ませないと色が出ない。特にこの筆は毛先がそろってないので非常にやりづらい。ちょろっと突き出た奴がじゃま。また、ネガの空に対してはマゼンタ成分が多すぎる。
そこでナムラ大成堂SK10/0に替える。色もOrange1色を原液のまま。濃いほうがやりやすい。色も、Orangeはネガのオレンジマスクに近くて、カラーネガ上の空の修整にはちょうどいい。これはカラーネガに合わせた色なんじゃないだろうか。B&Hの取扱いを見ると、Cyan、Magenta、Yellowの色の3原色という最も重要な色に加えてOrangeが今も残っているようなので、それなりの役割のある色なのだろう。筆のほうもこちらのほうが太いが、穂先が整っていてRaphalよりはまし。慣れてくるとある程度は的確に置けるようになってきて、特に乾き気味のをこするように置いたほうがうまくいく。だが、面積がある、何かのかけらの跡ならどうにかなるのだが、糸くず跡は、それ自体が糸1本なのに、毛先が細いとはいえ数本の毛を束ねた筆に含ませた染料で同じ幅に塗りつぶそうというのがどだい間違っていた。
数カ所修整を加えたネガの乾燥を待ち、6月17日に溶解して6日も使ってからPETボトルに入れてほったらかしておいた薬品でプリントしてみることにする。一夏越えてるしだめもと。プロセッサに入れると液が腐っていたらまた洗浄が面倒なのでバット処理。発色現像液は黒い粉のような沈殿物。タールか。漂白定着液は白い浮遊物と油。まず新型箱のネガをはじめて焼いてみる。露光して2分処理。色が出た。かなり褐色に寄っているが、ネガ自体が10年以上前のKodakCNMで周囲がかぶっており、フィルム・箱・撮影時の露光条件・引き伸ばしの露光条件・処理液のどこに原因があるのか皆目見当もつかない、まさしく出た目そのままな出鱈目の極み。ただ濃度は出ているので処理液は行けそう。銀塩技術すごいわ。この鉄筋コンクリ最上階の灼熱部屋に疲労したまま一夏放置してまだ使えるとは。空気を抜いて密栓したのがよかったのだろう。酸化さえさせなければけっこうもつもの。自作深タンクに落としぶたをして使っている人は2年に一度入れ替える程度という。むしろ残りの漂白定着A液8リットル分に沈殿が出ていて、経験上使えるとは思うけど展示用プリントに使うのは気が引ける。PETボトルに詰め替えとくべきだった。
次いで修整したネガ。色もそこそこ出る。八切相当で焼くと修整跡が明るくなっていてはっきりわかるが、プリントへの再スポッティングで消せそうに見える。次に大全紙相当まで拡大率を上げて修整箇所を焼く。減衰器を外し、カラーモジュールでは初の全出力のプリント。明るい。135mmf11、4x5の4倍程度で20秒では長すぎ。10秒でもやや濃いくらい。M13Y17で処理液はややシアン寄りかもしれないがテストには充分。ようやく液温計測。昼から涼しくて深夜なので24℃程度。処理時間を2分30秒にするが、上記ページでは27.2℃で2分となっているので2分45秒くらいが適当かもしれない。で、結果。糸くずの周囲まで修整部分が広がっていて明るく見えるが、その芯に濃い糸くずがしっかり残っている。これを消すにはかなり濃くカラーダイを盛る必要がある。そうなると糸くず跡まわりにはみでた部分がプリント上ではほぼ真っ白になり、カラーダイを使う意味がない。だいたいカラーダイをネガのスポッティングに使ったところで、あまり色は反映されない。Red+Yellowの処方とOrange単色とで、ネガの見た目は違うのだが、仕上がりではたいした差が出ない。それに、修整部分が広がりすぎていて、プリントで再スポッティングする面積が増えてしまい、かえって目立つおそれがある。
やはりこの方式では無理があるようだ。筆ではどうしても広がりすぎてしまう。そもそもKodakの薄くする処方というのはレタッチのためのものであり、スポッティングには向いていない。Tech Pub E-71自体がレタッチャーをターゲットに書かれており、スポット修整に関する言及はほとんどなかった。英語では日本のようにスポッティングとレタッチングの区別があるのかどうかわからないが、内容としてはそうだ。肌の色調を整えるなら筆の出番だろう。だが、ネガへのスポッティングに毛筆は適していない。ならどうするか。鉛筆か。針先で突いてつぶすか。
カマウチさんというこのblogの主は営業写真館に勤めながら鑑賞対象としての写真もなさっているらしいが、かつては手作業で修整していたという。ネガに対するスポッティングは針でつぶし、レタッチは鉛筆で行うとのこと。それにしてもすごい技術。ほんの数年前まではネガを使う全国の写真館でこれがなされていたのだ。コニカは富士より老舗だけあって営業写真館に強かったらしいが、それがこぞってデジタルに移行したら写真事業を整理せざるをえなかっただろう。営業写真館相手のラボだった昭和天然色が練馬区貫井コニカカラーイメージングに吸収されたのは2001年だったようだ。その年の2月までの4x5ネガは昭和天然色での処理で、12月からはコニカカラーイメージングになっている。そのコニカカラーイメージングも2003年には解散し消滅した。コニカミノルタが写真事業から撤退したのが2006年。覚え書きとして。ついでながら、写真技能士という国家資格がある。実技試験にはモノクロ人物写真の修整も含まれる。営業写真館向けの資格なのだろうが、受験者は今でもいるのだろうか。新潟県では試験は実施されているが、4x5を使う1級は休止されている。撮影からフィルム現像、修整、引き伸ばし、仕上げまでの試験時間がたった50分なのに、「与えられた黒白ネガフィルムを使用して覆い焼き引伸し作業を行う」だけで3時間10分もかけるというのもよくわからない。4x5もブローニーも作業内容は大差ないのに1級と2級に分かれるというのも不可思議。修整したネガに写っている当の工芸高校でも以前はこうした技術を教えていたのだろう。『暗室百科』によれば、原板修整のみを専門に請け負う賃修整という職種もあったらしい。
広告撮影の現場でアシスタントをやってみたことが数度あるが、これはすごいという技はとりたてて見られなかった。2、3回やって慣れれば自分でもできると思った。ライティングがもっともハードル高いだろうが、そこそこまでなら対応可能。むしろ、この程度かという気がした。機材で威圧して、あとは名前と営業力。写真の中身なんて雛型がとっくにできあがっている。
だけどこのレタッチの技術には心底頭が下がる。間違いなく現状では太刀打ちできないのがはっきりわかるからだ。やる前からわかっていたが、やってみて痛感した。そして将来的にもその水準まで行ける見込みはない。レタッチに関しては。だがスポッティングならできるし、修得する意志がある。レタッチにくらべればスポッティングはずっと楽だと思う。
針か。顕微鏡はそのまま使えるし、カラーダイと筆はプリント修整に使うので無駄にはならない。