借りたり買ったり見つけたり

撮影の依頼を受ける。もともと「仕事の写真」をやる気はなかったので営業活動もやっていなかったのだが、展示などしていると職業的写真撮影者の端くれと見なされるらしく、ときどき「仕事」の依頼があった。日頃写真撮影の必要のない編集者などがたまに撮影しなければならなくなると、手近で安そうで、かつまあ自分でやるよりはましな結果が得られるだろう発注先として浮上するのだろう。独立当初ははりきって、その後はサービスとして受注していた。でも、撮影を外注する頻度が低くて誰に頼むべきか知らない発注元だからこんなところに回してくるわけで、そのために機材一式揃えるほど仕事が発生するわけではない。だいたいデジタル一眼レフカメラにまったく興味がないし、カメラ産業の消耗戦にまきこまれるつもりも毛頭ないので、ほとんどデジタル撮影機材がなく、現在の商業用途の写真撮影には対応できない。だからしばらく前に来た仕事も断っていた。
しかし今度はちょっと断り切れなかった。やむなく知り合いからデジタル一眼レフカメラを借りる。コニカミノルタαSweetDIGITALとMacro50mm2.8D。人物なのでもっと明るいレンズを所望したのだが、サブのシステムでこれしかないという。そこらのセットのズームレンズよりは明るいのでよしとする。誰でも持っている安いズームレンズなど使わずに明るいレンズを使うというのだけが、ギャラをいただくに値する理由。あとはストロボをバウンスさせるというくらいなもの。のみこみがいい人が脇でよく観察すれば、次から即真似できる。だいたい慣れない人が室内で人物をスナップ撮影して起こす失敗は、光の状態が悪い、ちんまり小さく写っている、背景がボケずにはっきり写っている、この3点に集約される。光の問題は、自然光なら光量不足で抜けが悪く、場合によってはぶれてしまい、でなければ内蔵ストロボで人物の影が強く出ているのが原因なので、光が充分回るように工夫して、やや長めで開放F値が小さい玉を絞り開放側で使い、遠慮せずに対象に近寄って手前の目にフォーカスポイントを置くようにすれば、最近のカメラならだいたい誰がやっても大差ない結果が出る。職業的撮影者は金をとる理由として表情がどうこうなんてふりかざすわけだが、むしろそれくらいしか、このような撮影に関して「プロカメラマン」の職能が高度だと認める根拠はなくなってしまっているからこそそうなるわけだ。だが、「プロ」でない人が絶妙な表情をとらえることはしばしばある。人物写真に限らず、機材がある程度の技術的水準を保証してくれることで、経験が浅かったり写真にさして関心のない人が、偶然に「いい写真」を撮れてしまうことが往々にして起こる。何度も書いてきたように、写真というメディウムの登場以来、誰にでも簡単に失敗なく撮影できるという目標めざして各社が開発競争にしのぎを削ってきたあげく、その目標がほぼ達成されてしまった。そして、「プロ」でない人がそこかしこで無造作に写真を産出すれば、その膨大な量により「いい写真」が何の気なしに撮られる頻度も上がる。「プロ」の舞台裏も白日の下にさらされる。当然のなりゆきとして「プロ」のみが特別な腕や機材や秘術を専有しており「いい写真」の恩恵にあずかれるという虚構も否応なく崩れ去ってしまう。写真撮影業者の需要および地位の低下は最近はじまったことではなく、写真が工業製品として普及する方向に舵を切った時点で、このような結果に至ることは理の必然であったというべきである。20年前でもそれがとうに明らかだったので、写真撮影業者になろうとは思わなかった。そして向後、一般に「いい写真」といわれるようなものの価値もどんどん低下し、鑑賞対象としての写真というジャンルにおいて見向きもされなくなっていくであろう。何しろ、鑑賞対象として提示されている写真が「いい写真」という基準に則っている限り、そこらじゅうの「アナタ」も「ワタシ」も、それ以上に「いい写真」をたまたま撮れてしまう可能性が充分にあるのであって、その程度のものが鑑賞対象としてうやうやしく飾られている理由が立たなくなってしまう。そして、鑑賞対象としての写真というジャンルでは、もはや機能しなくなった「いい写真」という尺度に替わる別の価値判断の基準として、今後さらに「コンセプト」を問われ、独自性を質され、なんらかの点で一般の人には実現しがたい要素を求められるようになっていくであろう。これについては後日また。
とにかくカメラの操作を習得しなければならない。まずテスト。人物の撮影なんだからそのへんを歩いている人を撮りゃいいのだが、まったくやる気が起きない。つくづく人物に関心がないのだと思うが、それよりも、ストリートスナップの見過ぎで撮影する前から結果の予想が充分についてしまい、あ、これはあんなスタイル、と早すぎる既視感が湧いてくるのと、現在の日本の都市でストリートスナップをすることに伴う厄介ごとが頭にちらついて、瞬時に気おくれするのだろう。そこでまたしてもテストは西新宿のビル街。都庁を見上げて撮影。そこら中にたくさんいる、撮影すべきものがないのに撮影をしたい人みたいだ。いや、そういう人とどこが違うというのだろう。最大解像度、jpgのエクストラファインで絞り優先AE。液晶で見る限りではややオーバー。帰ってモニタで見てもそうだった。説明書がなくても基本的な操作はひととおり行えそう。ファインダの見えはなかなかいい。しかも入門機なのに視度補正機能も内蔵されている。しかしまったくおもしろくない。はじめてのデジタル一眼レフカメラの撮影なのに。メーカーのショウルームや量販店の店頭でいじったり人に使わせてもらったことはあるが、自由に操作するのははじめて。でもなんの感興もなし。さっさと撤退。
アルプス堂にてSinarの15cm延長モノレールがジャンクで3,000円。前から30cmとか15cmが数本出て次に行くとなくなっていたのだが、たいして安くないし銀色なので買わなかった。今回は黒なので買っておく。これはたいした買い物ではない。でも、Sinarf初期型のレールクランプジャンクが1,000円は安い。ずっと探していて、ヤフオクでは5,000円くらいでたまに出ている品物。今日出ていたのは3,100円で落札。送料と振込手数料で3,870円というところ。アルプス堂には2つあって状態のいいほうを買う。現行のレールクランプより背が低くてかさばらないのだ。現行のは左右に回転可能でレベリングできるが、そんなのは雲台でやったほうがいいので邪魔。これで広角専用の小型軽量Sinarf2ができる。4x5カットフィルムホルダの引きぶたが100円。割れているのがあるので買う。値切ったら引きぶた分だけ負けてくれた。
ついでに中野日東商事へ。そしたら、見つけた。Sinar広角蛇腹4x5 2型。これはそこらにごろごろしている1型とは違う、2山で取付部分の金具が薄い製品。袋蛇腹ではない通常の蛇腹はアコーディオンのように腹が複数あるのに対し、これは腹が二つだけで、そのかわり腹の起伏が非常に大きい、通常の蛇腹の特殊形態と考えることもできる。短焦点距離のレンズで極端なアオリ操作を行う場合に使う。特にSA47mmXLでブローニー画面に対して目一杯ライズ/シフトすると1型の袋蛇腹では後玉後端が金具につかえて無限遠が出ないが、これなら出せる。90cm標準レールのようにヤフオクで1度も見たことがないというほどの珍品ではないが、なかなか出ない稀少品。1型は最近では高くて1万程度だが、これは3、4万まで競り上がって手が届かなかった。47mmのために自作することも考えていたが、8,000円。やや使用感あるものの、見たところ穴はなさそうなのですかさず購入。帰ってライトチェックの結果、はっきりわかるピンホールはなかった。今日一日で、Sinar小型化の条件がそろった。フジヤのジャンク館はあいかわらずつまらない。ポラホルダとカットフィルムホルダがカゴごときれいに消えていたのでもう行く必要がほとんどない。
帰ってきてさっそく組み立て。パズルを組むようにはずしてはとりつける。まずはクランプにManfrotto#400雲台のLowprofileプレートをとりつける。このカメラのためにこの重い雲台にしたようなものだ。ただ、日東にあったSinarP2用のレールクランプ2型にこのプレートがついた出物は接合する丸い部分がぴったりと合っていて、なるほどこのカメラのために、そしてp2の8x10にも耐えるように用意された雲台なのだとひとめで納得させる。こないだ買ったプレートにも丸い痕がたくさんあったが、そういう目で見るとSinarで使って固定ノブの痕がついたのだと了解できた。一方f旧型のクランプは、一般の雲台に対しては底部に浮きができ、点で支える格好になってしまうが、#400雲台のプレートなら回転防止ネジで完全に固定できる。15cm延長レール上に組み上げ、レンズをセットしてみると、47mmや72mmに対してはたいへん案配がいい。30cm標準レールだと出っ張ったりするのでかえってこのほうがいい。110mmでも近接撮影でなければ充分使える。150mmでも通常使用なら各スタンダードを前後逆にすれば使えそうな気がする。標準レールはいらないくらいだが、150mmでの6x12再撮影には必要なので処分などしない。その場合には15cmは本来の延長レールとして使える。スタンダードのつけかえも接続した状態ならスムーズ。袋蛇腹については、大量のアオリをかけると蛇腹の皮が内部で襞になって光路をふさいでしまい、いちいち光の通り道を開けるのがかったるいのだが、2型だとすんなりシフトできて邪魔にならない。フランジも1型より長くて6x12再撮影にもそのまま使えるかもしれない。通常の袋蛇腹より面積が広くて一見かさばりそうだが、ぺったり畳めて収納も楽。いいことづくめ。さすが高いだけのことはある。トヨVX125とかエボニーSW45のような広角専用機では通常蛇腹になっているため、大きくアオリをかけると、蛇腹は特別製で柔軟にできていて追従してはいくのだが、悲鳴を上げているようで痛々しい。やっぱり広角レンズには袋蛇腹のほうがいい。
これで小型軽量Sinarf2ができあがった。モジュラーシステムのたまもの。あとは特殊レールキャップを入手すれば完璧。レールはトヨVX125のコンパクトさには及ばないが、トヨの手の込んだ伸縮式のレールよりこっちのシンプルなレールのほうが頑丈。高さはVX125にやや負けるが幅はこちらのほうが薄い。トヨより重いし、精度も剛性もずっと落ちるだろうが、アオリ量はずっと大きい。この点で、やはりSinarのほうがこの用途には適切なのである。軽量化とはいうものの、カメラ本体ではさして軽くなっていない。むしろ小型化したことのほうが軽量化につながる。なぜかというと、パッキングの無駄がなくなるからだ。30cmのレールがついた状態では、このレールで重量を支えて運搬する形態になるのだが、これがかさばる。レール長が半分になれば、単純に考えて半分の体積ですみ、キャリングケースも半分になるから2kgは軽くなる。スタンダードをばらして平たくして運べばさらに小さくできる。レールで荷重を支える方式に代わる安全な架台法を考える必要はあるけれど。3年前に自作したカメラバッグには無理があった。重すぎ、背負いづらく、安定に欠ける。そしてかさばりすぎて電車での移動に気を使う。日帰りならともかく、遠方への撮影旅行にあれを持っていくのは現実的ではない。せっかくこしらえたのにもったいないが、6x12では依然としてこれを使わざるをえないのでまったくの無駄ではない。ヤフオクより中古屋をこまめに回ったほうが、今では大判製品は安い気がする。そしてこちらのほうが実勢を反映しているのだろう。