画廊が学校だった

このところ毎日新宿に行っているが、画廊には一度も行っていない。先月25日以降新宿は8回目だが展示はまったくご無沙汰。おそらく世界一の写真専門画廊密集地に来ていて、堀内カラーの近辺にも5、6件あるが見向きもしなかった。はじめは、20年近い習慣のせいだろうか、ここまできて画廊を見なくていいのかと後ろ髪引かれる思いだったが、次第にどうでもよくなってきた。
20代から30代はじめにかけて、ほぼ展示を見ることのみによって、写真を見て判断する基準をまったくの我流でこしらえてきた。写真学校やら美大は出ていないし、誰かに私淑して薫陶を受けるなどということもしていない。写真集をしきりに見たのは学生の頃。卒業して上京してからもときどき買ったり見たりはしたけれど、やがて、写真集を見てもあまり意味がない、元の写真を見なければ何も見たことにならない、と思うようになっていった。写真評論類も読まなかった。読むに耐えるものがほとんどなかった。学校の仲間もおらず27、8までは写真関係の知り合いも皆無だったから、議論して育てられるということもなかった。そのうち誘われて集まりに参加するようにもなったが、そうは続かなかった。だから、展示だけから写真の見かたを学んできたのだ。学んだともいえないのかもしれない。ただとにかく、展示を見ることを通じて、写真を見るにあたっての基準をひとりで錬成してきた。
他者が写真を見る上での、社会的に確立された一般的な評価の尺度とすりあわせることもあまり積極的にせず、むしろ、そのときどきの主導的傾向への反感と違和感からあえて世間的尺度と相いれない基準を養ってきた。まったく的外れなのかもしれず、偏っているのかもしれず、救いがたくずれていて始末に負えないのかもしれない。実際、写真の評価に関して他人と共感することはめったにない。好みはきわめて特殊だし、世間的に賞賛されているものもまず認めない。根本的に間違っているのだろう。
展示を見ることで、かろうじて世間一般で認められるような価値とすりあわせる機会を保っていたのだった。今後はそれさえも失うこととなる。

 
芸術活動が自由だなどというのはまったくの虚構である。芸術はたえず矯正と軌道修正と迎合の圧力にさらされている。
教育機関がまずその最たるものである。芸術家養成課程には行ったことがないが、知る限りの学校とはそうしたものだった。学校に通うなら必ず、かくあらねばならないという規範に沿うよう仕向けられる。義務教育のみならず、高等教育でもそうである。院生中心のゼミでは、このように考えるのがこの学問分野での流儀である、という方向へ巧妙に導かれていた。アカデミズムのしきたりをわきまえずに素朴な問を呈してもやんわりとたしなめられる。流儀やしきたりへの疑問などもってのほか。こうしてさまざまなお約束を従順に修得した者だけが残っていける。さらに、教育機関は教えられる側を馴致するだけでなく、教える者同士の間で、評価対象のすりあわせと合意形成がしきりに行われ、評価基準を共有する閉鎖的サークルを形成する。それを律するのが、学習指導要領のような、行政などの公的権力による合議と見解統一の結果としての価値規範である。さらにそれに影響を与えるのが社会全般の同調圧力である。教育機関の目的とは、技術や知識の伝授、能力の開発だけではなく、それらの方向づけ、社会的に評価される体裁への嵌めこみも担っている。つまるところは、本来不定型で可塑性の高いはずのひとの能力と目標とを、世間でよしとされる約束事の範囲内に落とし込み、社会が必要とする人物を養成すべく指導するということである。他の教育機関がそうであるのと同様に美大もそうだろう。教育者に社会的権威と信用が必要なのはそのためである。社会的に認められていない人間が社会的に妥当する規範を体現することはできないと見なされるからだ。
美大や専門学校のかわりとして、あちこちで盛んらしいワークショップやスクールのたぐいがある。これも奈良原一高のワークショップに3回出たことがあるだけなのでたいして知らないのだが、自分の狭い価値軸にとらわれていては駄目ですよ、もっと広い世界があって、その世界ではこういうふうにするのが作法なのですよ、ということを仕込まれる。だが、自分の価値軸にのみ従うことでいずれ産み出されたかもしれない、まったく独自の可能性の芽はそこで摘まれてしまう。
教育機関とは社会が必要とする規範を習得させる標準化機関である。こうして「優秀な」芸術家は管理される。かつての反美術やら反制度も、いまではすっかり美術の制度に取り込まれ、美術史の価値体系のなかにていよく収まっている。
教育機関やワークショップの延長としての、制作者仲間の人間関係でもそうした同調圧力は発揮される。
あるいは世の中にあふれる写真集や雑誌などの情報も、相応に社会的権威の裏づけを与えられたものとして、価値軸の矯正をもたらす。
各種表彰制度や公募や助成支援などにともなう審査・選別・評価付与体制も当然ながら審査者の評価基準に依存しており、馴致システムを形成している。教育機関にしてもまず入試という選別過程がある。芸術を支える社会的仕組はどれも判定をともなっており、みな矯正圧力を発揮する。それらの要求する評価基準と傾向を満たさなければそうした資格や身分をえられないのだから、いやでもそれに従わざるをえず、いつしかそうした評価基準に染め抜かれてしまう。そこからことごとくこぼれおちる者は退場を促される。
いうまでもなく小学校からずっと学校と教師に逆らってきた。大学に入ってまであからさまな反抗はしなかったが、行かないことをもって疑問を表明した。美術や写真に関しても、それら教育システムのいずれとも縁が薄かった。ワークショップや講演のたぐいもほとんど関心がなかった。このひとに教わりたい、話を聞きたい、というひとがいなかったのだ。ほとんどいない写真やアート関連の知り合いと接する機会も少ない。写真集にも興味がなく、見も買いもしない。今所有している、10年以上前に買った写真集も、まず見ることはないし、すべて処分しようとネットオークションやネット書店で少しずつさばいている。
公共的価値軸との接点は、展示を見ることだけだったのだ。これもやめてしまえば、今後は完全なガラパゴス環境に閉じこもって営々と独自進化を遂げるのみとなる。
もともと、蔓延するワークショップや流布される写真集、そのおりおりの支配的傾向に対する違和感や反発があって、そうではない、自分は別のことをやる、と意識的に別の価値を模索し擁立してきたのだった。世間的多数を形成する評価基準を肯んじず逆らうことでみずからの価値の軸を錬成し、それに従ってみずからの写真を行ってきたのだから、その結果世間的価値基準と折り合わなくなるのは当然である。「こんなものは違う」「納得できない」「この価値軸は間違っている」としてそれに対置して提示するなら、既存の価値軸に反するのだから社会的にうけいれられ評価されるわけがない。考えてみたら、こちらからそうなるよう仕向けていたのである。
ただ、反発するにしても、展示会場で他人の写真を見るのがほぼ唯一の社会への窓だった。もはやそれもなくなる。他人がやっている写真という参照項を断ち、内的な運動原理のみによって、みずからの関心のおもむくままにやっていくこととなるだろう。
展示を見ることが矯正的教育装置の一部なら、展示をすることだってそうなるだろう。展示して他人からの評価を乞うというのも結局のところ世間的評価基準の枠内から逸脱しないための枷なのだ。展示もすべきでないのかもしれない。
それは自律なのか。みずからの殻に閉じこもることか。ガラパゴス化の徹底か。鑑賞対象としての写真という閉じたサークルに対してはそうだろう。だが、引いて見るとそうではない。
排除するのは鑑賞対象としての写真だけ。いや、さらに限られた一部の展示される写真でしかない。そんなことを気にもとめないたくさんの写真は否応なく目に入ってくる。今後はそれが参照項となる。写真に対する判断のよりどころを、鑑賞対象としての写真界隈という狭い世間、特殊な保護区にとどまってそこの生態系に合わせるのではなく、より広い一般的な社会に根ざしたものとするということだ。ありふれた論者が枕詞のように必ず使う、「現在では写真が身の回りにあふれ、一日とて写真を見ない日はなく、写真に対する態度も変容する」などといった陳腐な言い回しとは違う。それは鑑賞対象としての写真という一角をなおも特別に優遇しようとする態度である。大海のなかに、鑑賞対象としての写真という特別な島がぽっかりと浮かぶのではなく、一般の写真の渦にさらされるのである。それは一般の写真を文脈によってアート化しようとする「アトラス」とも違う。
完全なガラパゴス化など、山里離れてネットも何も断って暮らしでもしない限り果たせない。現実のガラパゴス諸島にしたって、外来種はくるわ交雑はあるわ絶滅危惧種はあるわで孤立環境からはほど遠いらしい。だいたい昔から、陸生爬虫類の孤立度は高かったけれど鳥類や魚類や水生哺乳類なんかは他と行き来があったろうし、氷河期なんかの環境条件では変わるところはなく、大量絶滅からも無縁ではなかったろう。ガラパゴスといえど交流はある。
いや、閉鎖的な評価基準にとじこもり、世間一般の尺度とはどこか乖離している多くの鑑賞対象としての写真のほうが孤立しているのではないか。価値付与体制に守られているハイアートの文脈から解放されるということであり、よほど開かれているのではないか。
少なくともこれは確かである。自分にとって画廊・美術館めぐりは唯一の教育機会だった。画廊が学校だったのだ。そして、これ以上もう教わることはない。あとはみずから切り開いていくだけだ。
とはいうものの、今日会った美術関係者に、美術館の招待券やら個展のDMやらいろいろもらってしまった。行かずばなるまい。送ってもらった招待券も無駄にはできんし。しばらく会っていない知り合いが展示してれば会いたくもなる。縁を断つというのもそうそう簡単にはいかないものである。