引越先決定。なぜこれが[機材・感材]カテゴリなのか。暗室としての条件を最優先したからだ。
この14年鉄筋コンクリの住居に住んできて、こちらのほうが密閉度が高くて振動も少なく暗室に向いていると思っていたのだが、最近になってようやく、そうではないとわかった。木造には雨戸がある。これだけで晴天日中でもかなり暗くなる。遮光カーテンを1枚加えれば、印画紙なら充分に処理可能。
次に必須なのが天井高240cm。現状230cm。60インチ幅の印画紙への引き伸ばしを計画しているのだが、もうちょっとほしい。226cmなんていう物件もあるが、これでは足りない。LPL745X系は設計上水平投影ができない。無理すれば可能だろうが、やったとしてもたぶん平行出しがたいへん。ヘッドを逆側につけて垂直投影したほうがよっぽど楽だろう。瀬戸正人がロール印画紙にプリントしていたときも垂直投影だった。そこで拡大倍率に直結するのが天井高。一般的な230cmで引き伸ばしレンズが150mmでは4x5で11.7倍が限界。50インチロールならそんなもんだが、銀塩引き伸ばしの極北たる60インチを使い切れない。こいつの全面に伸ばすのが今の技術の到達点である。なんとしてもやらねばならない。天井高が240cmなら計算上は12.2倍までいける。大差ないというなかれ。紙を目一杯使えるかどうかが重要なのだ。高木由利子は、Luckyの4x5引き伸ばし機のヘッドを最上部まで上げるために天井板を外していたらしいが、不動産屋に聞いてみたら当然のごとく却下された。まあレンズを150mmでなく135mmにすればそんなに高さがなくてもさらに拡大率を稼げるのだが、所有している単層コートのComponon-S135mmはなんだか頼りにならなさそうな世評。しかも、Rodagon150mmより大伸ばしに向くRodagon-G150mmまたはApo-RodagonN150mmf4も物色中。135mmにはそういった特殊な引き伸ばしレンズは用意されていない。どうにかして150mmを使いたい。なので天井高は妥協しがたい。
さらなる条件は、縦に部屋が並んでいる古いつくり。いわゆる2Kはたいていこれなのだが、南側と北側の部屋の窓を充分に遮光して間の戸の遮光にも留意すれば、中央の部屋は昼間でもフィルム現像可能な実用上の準完全暗室に仕上げられる。さらにこの部屋は洋間が望ましい。畳敷きでは安定しないし汚れやすい。広さは6畳ほしい。
また、今の部屋の暗室は広いのに水場が遠く使い勝手が悪い。2度ドアを通らなければならず、ドアの開口角も狭い。開き戸は大きな印画紙を移送するには不便なので、大きく開ける引き戸のほうがよい。本来は10畳のDKなのだが、遮光性を確保するために北側の台所と切り離したらこうなってしまった。広いけど移動が不便。
しかしながら、暗室をやっている時間はそう長くはない。一般の勤め人よりも部屋にいる時間は長いので、暗室以外の時間はなるべく日当たりがよく明るい環境のほうがいい、というわがまま。
不動産屋にこうした希望を伝える際、雨戸と天井高という特殊な条件が必要な理由を写真としてしまうと、薬品を使うのかなどと警戒されそうだし説明が面倒なので、真っ暗じゃないと眠れず、土日昼までゆっくり寝ていたいので雨戸が必要、それに、でかい絵を飾りたいから天井まで240cmほしい、ということにしておく。平日は通勤する勤め人の設定。写真の引き伸ばしなどとはおくびにも出さず、ものが多いので広い洋室がいいというあたりさわりのない要求に仕立てあげる。
暗室は今いる部屋で3件目。ようやく必要とする条件が明らかになってきた。家は3回建ててわかる、とかいうのもあながち出鱈目ではないか。
10数件回って、上記の条件をすべて満たす物件にたどりついた。何しろ天井高がハードル。そんなもの気にするひとはまずいないので、物件のスペックに記入されていない。現地に行って実際に測ってみるしかない。何軒か回って見つけたここは、天井高242cm、まずまず。2階建ての2階の東南角部屋。一昨日夜に見たのだが、切妻屋根で小屋裏換気口があり、ここから入った光が天井板を通じて室内に漏れるのではないかと心配だった。今日16時頃に再度入り、中央の部屋は扉がガラスなので確認できなかったが、南側の部屋で目が慣れるまで10分いても、天井からの漏光は見てとれなかった。充分。角部屋なので中央の部屋にも窓があり、暗室指向と抵触するのだが、雨戸がよくできていて密閉度が高く、これに合板を窓枠にすっぽりはまるように切った光よけと遮光カーテン、さらにもう1枚の暗幕を併用すれば昼間でもフィルム現像に耐える遮光性を確保できるだろう。暗室に窓があれば必要に応じてウィンドウエアコンも装着でき、夏場の作業に有利にはなるが、遮光とのかねあいもあるのでやってみないとわからない。3層の遮光面があれば充分な遮光が得られると経験から考えている。暗室の東の窓は4層、南側の部屋からは雨戸と遮光カーテン2枚と引き戸の4層、北側からは合板の遮光とガラス扉の両面に黒ケント紙を張り、さらに遮光カーテンを表裏2枚で5層。これだけやれば全暗をほぼ達成できるんじゃないか。
問題は、浴室、トイレ、台所、洗濯機置き場、これら水回りがすべて新調されていて、薬品の染みをつけられないこと。階下の話し声が響く気もするが、部屋にものが増えれば反響が減ってある程度収まるだろう。眺望は今の部屋より劣る。南側はみすぼらしい。ただ東側は道路に面していてまずまずの視界なのでよしとする。小瓶に入れた水を置いた限りでは、道路を車が通っても揺れは認められなかった。大通りではないので車通りは少ない。
ここに決めた。今より家賃が5万以上安くなる。机はコクヨの1800mm幅のがある。たぶんこれが今なおいちばんの幅広。ここに越してきた10年前、大伸ばしのために買ったもの。ついに本来の購入目的に供することができる。いくらだったか忘れたが結構値が張った記憶がある。足の分は蹴られるが、これで長さ1710mm程度までの自家プリントは可能。足の高さより高いイーゼルをつくればさらに長くできる。条件は揃った。60インチ幅なんていう大型の銀塩カラープリントの引き伸ばしを自家現像で処理して展示した人間は知らない。たぶん自分がはじめての、そしておそらく最後の、そんなバカをやる人間だ。