闇の中で文章をつづる

プロセッサ第1槽に補充し、ひきつづきプリント。補充液の濃さはいい加減。
暗室でのプロセッサの処理待ち時間には、pomeraで日誌を書きつけている。今まで買っては捨ててきたあまたのパソコン周辺機器の中で、買ってよかったと思えるのはこれだけだ。もちろんデジタルカメラも含めて。こうした端切れの時間を有効に使える。もっとも、有効に使った結果というのがご覧のありさまなので、はた目からすればどのみち無駄なのかもしれないけれど。以前はプロセッサに印画紙をセットしてから排出されるまでの3分ほどを持てあましてしまい、パソコンが置いてある隣の部屋に行って日誌を書くのだが、それだけではすまずにwebをふらふら見たりしているうちに処理待ち時間を大幅に超えて時間を無駄にしたりしていた。でも、pomeraなら暗室に置いてその場でテキストを打てるから、印画紙が排出された気配を察してすぐ作業に復帰できる。電車の中でも、撮影帰りにその日の日誌を打ったりできるし、定食屋での待ち時間のような細切れの時間を生かせる。pomeraは生活を変えてくれた。10年近く前に買ったラジオと並んで。カメラや引き伸ばし機は、生活を変えたというのとはちょっと違う。まったく別もの。
pomeraがなぜいいのか。発光部が一切ない。これは写真暗室にはうってつけである。ところが今どきではこういう機器は少ないのだ。隣の部屋にある光ファイバーのモデムやらはやたら高輝度のLEDを内部にまで使っていて、こいつを隠すのに一苦労する。なんの役にも立たず邪魔なだけ。オーディオ類も安物の宝飾品のようにチカチカ光って暗室には置けない。サーモスタットつきの水槽用ヒーターにもパイロットランプがあって遮光が必要。引き伸ばしタイマーまで赤く光っている。こんなの蓄光テープで充分なのに。ところがpomeraはバックライトのないTFT液晶を反射光で見るタイプ。目も疲れにくい。しかもしばらくいじらずに放っておけば勝手に省電力モードとなる。そのうえ、これはまだ達成には程遠いのだが、完全なタッチタイピングができれば、暗闇の中でも文字入力が可能となる。かな漢字変換はあとからパソコン上で行えばよい。よく使う熟語は辞書登録しておけば、ディスプレイが見えなくても一発で出せる。
ただし、「完全な」タッチタイピングというのは、健常者にとってはかなり難しい。タッチタイピングをこなせると豪語するひとは多いが、たとえばファンクションキーやキーボードショートカットを打つ際に、一瞥たりともキーボードに与えていないと断言できるだろうか。少なくとも自分は見てしまう。上下方向6段のキーの配列をすべて体得して無意識的に打鍵できるようになるには相当の修練と素質を必要とするだろうし、キーボードの形状が慣れたものと違うなら、それまで養成してきた身体動作がまったく通用しなくなる。
それでも、テキスト入力に特化し、トラックパッドなどのポインティングデバイスに頼らずキータッチだけですべての操作を行うこの機械があれば、完全な暗黒であっても文章をつむぎだせる可能性がある。さらには、視力を失ったとしても、ものを書くことに開かれていつづけられる。文字通りの「ブラインドタッチ」である。
読書人id:hebakudanさんが亡くなった。つい半月前には何度もコメントをくださっていたのに、病状が急激に悪化し、先月末に入院してまもなくだったらしい。次第に目が見えなくなり、パソコンを使うことが目に負担となってたいへんな疲労をもたらすにもかかわらず、ブログを更新し、コメントを返されていた。入院して目の安静を強いられてからはボイスレコーダーを使ってまで日記を残し続けたという。そうして、なくなる数時間前まで、ひとから寄せられた文章に感謝なさっていた。最期まで書くことと読むことを求めつづけた彼女に、たとえ目が見えなくなっても文章を書くことはできるんですよ、と伝えたかったし、それほどまでに加減が悪いとは思いが至らず、配慮に欠けることを書いてしまった愚かさをお詫びしたい気持ちで一杯だが、もはやそれもかなわない。
 
追記:hebakudanさんとご縁のあった他の記事
水のように欲して生きている
http://d.hatena.ne.jp/hateno/20091011#p2