陸路移動

朝から曇。残りのビールを飲んだりメールが送れなかったりで出発が遅れ、しかもMetro Red Lineが車両故障で遅れ、Greyhoundのターミナルに着くのが遅れてしまう。ネットで予約した場合には少なくとも1時間前には発券しろ、との条項があり、それを盾に新しくチケットを買え、という。そうするしかない。当然注文済みのチケット代57ドルは引き落とされるだろう。でも遅れて買っても予定通りのバスのチケットが出る。そういう商売なのだ。ほかにもGreyhoundは、表示価格に18ドル上乗せすると購入の最終局面で通告してきたり、せこく金をむしりとろうという魂胆が随所に見え隠れする。ちょっと高いが、予約せずに現金で当日買ったほうがいいような気がする。そうそう満席にはならない様子。ただ、一度はGreyhoundに乗っておいてもよかろう、と思ってこれにしたので、また乗るつもりはもとよりないが。
で、定刻通り10:20出発。1時間ほど走り、山に入ると晴れてくる。砂漠、と聞いていたが、西部特有の草や低木やサボテンが広がる西部劇の風景。送電線が続くのだけは違う。時々併走する線路はAmtrakか、ただの貨物線か。
映画で見る途中の休憩。日本の高速バスのように運転手が乗客の人数を数えて乗り遅れがないか確認するといったことはしない。休憩は30分、それを過ぎたらただちに出発する、と運転手が何度もしつこく強調し失笑を買う。こういうところは容赦がないようだ。
そして、山と野原が延々と続き、時々小さなホテルの集落が散在する荒涼たる風景の果てに、忽然とLas Vegasが出現する。15時過ぎ着。Greyhoundはフリーウェイの交差するあたり、Downtownの近くにあり、このあたりはLas Vegas発祥の地ではあるが、現在では場末。流しのタクシーがまったくつかまらず、Downtownの中心を、がらがらとカートを押して歩く。アーケード街は古めかしくてわれわれが思い描くような電飾の嵐ではない。でも規模は大きくないがネオンで飾りたてられており、そこそこにぎわっている。浅草あたりの風情か。
例によって投宿先までの移動法をろくに調べず、なんとかなるさとやってきたが、目抜き通りであるLas Vegas Blvdに出ればバスが出ているはずと思い行ってみると、不安になるほど細い。片側2車線程度。でもバス停が見つかり、2階建ての今にも倒れそうなバスが走っている。7ドルと高いのでためらうが、これは24時間パス。これまで買った1日乗車券は日付が変わるまで有効だが、これはそれ以降も使える。さすが夜の町。もっとも、バス停には3日パスが20ドルとあるのに、バスには5日券で20ドルになっていたりする。どっちだかわからない。公共交通機関のくせに信用できない。それに1カ月パスが50ドルだかであるらしいが、この地に1カ月も滞在する人種が乗り合いバスなんて使うんだろうか。まあ12日いるなら得という計算だが、LAのTAPのように厚いカードではなくぺらぺらの紙切れで、3日も使ってればぼろぼろになりそう。
そして投宿先の所在地表示が通りの名称+番号なので、どこだかわからない。バス停の名称もわからない。偶数か奇数かで道のどっち側かわかるのみ。でも乗っていたら看板が見えたので降りる。Econo Lodge Las Vegas。結局ホステルに泊まってしまった。Las Vegasはカジノで稼ぐのでホテル料金は安く抑えてあり、高級ホテルに驚くほど安く泊まれるのだから、ホテルに泊まってバフェでおいしいものを食べたほうがいい、相部屋の安ホステルは荷物の盗難がしょっちゅうだし危険だと言われ、Las Vegasはホテル自体が観光地みたいなもんだから一度入ってみるのもいいか、と考えていたのだが、いざ予約しようとするとどこも高い。寒からず暑からずのシーズンで、しかも週末にかかるために、思っていたより高い。格下のホテルでも3泊で150ドルくらいかかる。3日目の日曜は安くなる。Las Vegasに行くなら金土は避けたほうがいい。
しかしこのホステル、浴室つき4人部屋が3泊で60ドル弱、6人部屋で共用浴室なら50ドル程度と値頃なのだが、ネット上では荷物置き場ありとなっているのに行ってみるとないという。部屋に置いた荷物を同室の人間に持ってかれたら終わり。カメラ、レンズ類はベッドの下に隠すことにする。カートは入らない。
でも、それ以外は悪くない。中心街であるStripからはやや離れているが、同じLas Vegas Blvdに面している。バス停にも近い。ほかの安ホステルはDowntownなどもっと遠いので、立地はずっといい。近くに7-Elevenとam/pmがある。宅配便とコピー以外でコンビニを使うなんて滅多にしないが、MとかSUBWAYで何ドルも使うよりはまだまし。
それに浴室が部屋についている。トイレと一緒だが。まともな風呂にひと月ぶりに入った。部屋もまあ清潔で、毎朝ホテル並にルームクリーニングが入り、シーツやタオルを換えて石鹸やシャンプーもくれる。ベルリンやパリじゃ貸しシーツ代をとられたことを考えればずいぶんいい。
それにネットとプリントアウトがただ。24時間使える。宿が別でも宿泊者のふりすれば使えそう。飲み物が無料で、粗末だが朝食もつく。
単純に室料を比較する限りでは、ここのホステルの相場はベルリンほど安くはないが、たぶん質を考えると同等なのではないか。ホテルが安い分、ホステルはさらに安くせざるを得ないのだろう。ドミトリーで4人部屋貸し切りなら1人あたり9ドルというのもある。ネットカフェよりは格段に快適だし、釜ガ崎のドヤより広くて清潔。
あとは盗難だけが心配。
落ち着いたところで中心部であるStripに繰り出す。Las Vegas Blvdに7km程度にわたって伸びるカジノ街。暗くなってからの撮影は不安だったので、日没後の残照時に電飾が灯りはじめた頃を撮りたかったのだが、入浴して出かけたらバスがなかなか来ずに途中で真っ暗になってしまった。雲もあったのでまあいい。
なぜ待たされたかはしばらく乗っていればわかる。どんどん混んできて、1日パスを買う客がいたりで乗り降りに時間がかかる。しかも渋滞。車がたいへんな混雑。信号待ちもありなかなか進まない。Stripの端までいくつもりだったが、まるで進まないので、途中でしびれを切らして降りてしまった。この時点で19時過ぎだったか。ほんの10kmもないのに2時間近くかかったと思う。
で、夜の街Las Vegasはどうだったのか。昼のように明るいとか、とにかくすごくて驚くと聞いていたのだが、想像にはほど遠い。まったく夜そのものである。明るいところでもEV8程度。いったい昼をなんだと思っているのか。視界が電飾の光でうめつくされ、見渡す限り闇がない、まぶしいほどの光の洪水を期待していたのに、これじゃ歌舞伎町や六本木の数倍どまりじゃないか。少なからず落胆。
バスに乗っていても、どこか閑散とした印象。Stripの真ん中でもしばらく暗い道が続く。ただ、現在建設中の大型物件が3つはあり、その区画は真っ暗なので、これが建ったら変わるかもしれない。というより、以前はここもみなカジノやホテルだったのに、狂騒景気で地上げしたり立て替え計画したのが頓挫してるんじゃなかろうか。とにかく不気味な暗さ。建設中の物件の壁に「NEW 10,000 JOBS FOR NAVADA」とあるが、新しいのが建ったら古いのがさびれて、その分首切られるだけのような。
噴水の見せ物も、規模はでかいけれどティンゲリにはるかに及ばない退屈なものだし、そのあとは火を噴かす出し物があったが、大通りを挟んでも熱が伝わってくるというだけ。子供だましとしかいいようがない。でも通りは歩行者で鈴なり。このひとたちこの程度で満足なんだろうか。「夢の国」と同類だろう。行ったことないけど。
それでもせっかく来たんだし、あふれるような光のシャワーとまではいかなくても、ここでしか撮れない写真をと気をとりなおし、なるべく条件のいい場所を探す。バスを待っても来ないし、ただ歩く。Rivieraも足りない。結局思うような場所が見つからず、バスから見ていちばん派手だったCIRCUS CIRCUSへ。ここも検討したホテル。安ホテルででかい、サーカスを見られるというこれまたどうでもいい遊興地。秀島史香がやってる、5分と聴けないラジオ番組のタイトルもおおかたこのへんが出所だろう。ただ安っぽくて下品な看板と車寄せがいい。その車寄せの下にベンチがある。敷地外からでは遠すぎる。しかし敷地内に三脚立てたら即刻追い払われるに決まっている。ベンチに座って、さも休憩か車でも待っているような顔をして、三脚を伸ばさないでさりげなく立ててみたらどうか。SlikのMasterなら開脚角度を任意に変えられて、足をあまり開かなくても立つのだが、持ってきたGitzoでは開脚角度が3段階、狭くできないこともないが倒れないか不安。とにかく端の目立たないベンチに座って数枚やってみる。掃除婦が通るが何も言われない。行ける。
しかし露出がわからない。他よりは明るいがそれでもEV8/ISO160程度。しかし光源の輝度は高い。そして周囲はきわめて暗い。こういった条件での露出をどうすればいいのか。光源を直接撮影するということがこれまでまったくなかった。やむなく画角内に入ってしまったという場合は別にして。
露出計に従えば、Portra400NCを2段増感して10m以上というところだが、それではランプに対して露光を与えすぎではないか。シャドウ部はつぶれていいのである。ハイライト基準露光が一般的な解なのだろうが、スポットメーターなんて持ってないし、あったにしても測定角1°でもまだ広すぎるだろう。個々の光源が小さいから。
経験のない条件なので、思いつく限りの露出条件で対応するしかない。段階露光である。1.5m、3m、6mあたりを中心に。しかし写真器によって明るさが違うので問題は複雑化する。
なんとかなりそうなので、車寄せの正面、入り口の真ん中のベンチでやってみる。フィルムの交換もしたのだったか。数枚撮影したところで、ダークスーツを着た中米系の男が隣に腰掛けて、ここは写真を撮るのにどうだ、と話しかけてくる。このフレンドリーさは客か。でもスーツを着た客なんていない。従業員か。写真じゃない、と返す。じゃあなんだ。答えようがない。日本人かと聞かれ、握手を求めてきたりと友好的なのだが、何をしているのかをそれとなく尋ねてくる。京都の女の子の知り合いがいたという。ダンサーだというから、やはりホテルの人間なのだろう。説明が難しい、ドローイングのようなものだ、と答えると、あんたはアーティストか、お会いできてよかった、と立ち去り、客の記念写真を愛想よく撮ってやり、中に引っ込んでいった。変なのがいる、との掃除のおばちゃんの報告を受けて、マネージャ格が出てきたのだろうか。写真だと答えたらどんな豹変をするか見てみたかったが、おとがめなしで安心して続行。数枚とって、今度は道端のでかい看板。ピエロがいる、昔ながらのアメリカの電飾広告。さすが電気を消費するだけあって電線がたくさん通っているがさして支障なし。途中で、これ増感の必要ないんじゃないかと考え、標準現像を想定して長めの露光。3mから20m程度。何度も詰め替えながら、不安なのでもう1枚と、見切りをつけられずに何度も撮影してしまう。2箱分くらい使ったのか。三脚を立てているのは公道上なので遠慮なし。遅くなってもギャンブル客が行き交う。ここは深夜でも安心して歩ける、アメリカでは珍しい場所。Hollywoodもそうだが、California州では屋外での飲酒が違法。こちらでは堂々とビールを飲み歩きしている。Nevada州は違うのかもしれない。今のアメリカ人は健康志向で酒をほとんど飲まないらしいが、こういうところにくるとたまには羽目をはずすのだろうか。それとも、アメリカ社会ではだめな奴ということになっている層が集まるのか。
北へ歩き、Stripのはずれ、SAHARAやStripをはずれた自称「WORLD'S LARGEST GIFT SHOP」BONANZAもやってみるかと思ったが、露出を分けて露光済みネガの整理が複雑になるが空き箱が足りず詰め替えが面倒。24時を回っていることもあり、まずいmillersも飲んでしまったし、本日はこれにて終了。泊まりの撮影旅行で現地に着いたその日に撮影できたのははじめて、太陽の移動や終了時刻に気がねなく、つまり時間を気にせず撮影できたのは2004年個展の写真以来。夜の撮影も。
バスに乗ったら降りどころがわからずDowntownまで行ってしまいまた戻る。暖房が壊れている。明け方寒い。