朝から曇。ときどき雨。
White Houseを南北から遠目に見て、Washington Monumentへ。下に星条旗がぐるっととりまいていて、岡本太郎を思いだしてしまった。World II War Memorialと水たまりを経てLincoln Memorial。この国は記念してばっかりだ。ここも大理石。もはやパルテノン様の神殿。実際、リンカーン座像の上には「THIS TEMPLE」とある。リンカーン大祖神をまつる霊廟というわけだ。多宗教の国には角が立ちにくくて都合がいいのだろう。電話で聞くエデュケーションガイドのプログラムには「Myth of the Lincoln Memorial」ともある。まだ時を経ていないから歴史のままだが、数千年紀を経てなお人類が存続していたら、伝説と化して、かつて隆盛を誇った大国の礎を築いた神様として祭られるだろう。天照大神檀君や神農の現代的形態といったところか。宗教施設にふさわしく、天井が高くて残響も長い。大理石のリンカーン像と壁の石刻文字、警備員のブース以外には何もない。下の資料館ではハリウッド映画さながらのナレーションでリンカーンの顕彰や、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの「I have a dream」の演説などこの場所での歴史的出来事を流す映像。神話を形成していく真っ最中の国。
表示はないが、聞くと三脚使用不可。そうだろうて。神殿だものな。
Potomac河畔をちらっと歩いて、となりではそのマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの記念施設も建設中。
Jefferson Memorial。ここも白亜の大聖堂。ドームでローマ調。柱は円柱。その上がくるくる巻いてあるのは何式だっけ。こっちは本人ブロンズ像。念のため確認すると当然ながら三脚不可。ここは11時から係員の説明があるらしく、ボーイスカウトのような格好の係員がいて、監視員をさしおいていかめしくNoと答えた。リンカーンもワシントンもだいたい説明不要だろうが、いや何をしたのか詳細は知らないけれど偉い人だというのはうすうす知ってるが、ジェファーソンは何者だか知らないし、ここに来るアメリカ人もそれに近いのだろう。だいたいワシントンなんてただの柱。柱が崇拝の対象だなんて神道御神体みたいだ。
Bureau of Engraving and Printingが近いので行こうと思ったが入り口がよくわからない。その手前のHolocaust Museumをさっと見るつもりで入る。
大筋では知られているような事柄が写真のパネルや映像で語られるのだが、写真なんか見ない。ずらっと並んでいるパネルはすべてとばす。写真は弱すぎる。もちろん映像も。実際の「物」にはとうていかなわない。ここは主にポーランドユダヤ人についての展示が多いようだが、収容所にユダヤ人を運んだ貨車の実物とか、彼らの旅行鞄、収容所に残されたユダヤ人の靴が並んでいる。重い。写真は軽すぎる。これがMuseum。Museum of Artには決して展示されない、美術品としての価値など無に等しい品物が並んでいる。それ自体はがらくたといっていい。しかし歴史的意味は大きい。その意味を保証するのはそれ自体の視覚的特性ではなくて、キャプションなどに示される事実である。事実の裏づけがあってはじめてMuseumに陳列される価値を備える。その点では文脈と物語がほとんどすべてであるような展示品なのだが、文脈が実体を伴って眼前に置かれると有無を言わせないものがある。
ただ、ほんとに重要な品物はポーランドの施設にあるらしく、ここにあるのはおこぼれかコピー。コピーかどうかをつい気にしてしまう。まあコピーでも本物と書かれていればそう思ってしまうわけなのだが。ボイスとかそれ以降を連想するが、ボイスが美術の文脈に転用したのであってこちらが先。写真で意味を持つのは、IDとか、それ自体が物語を喚起させるような実物となっている場合だけ。写真の無力さを確認。
11時頃出て、Bureau of Engraving and Printingの入口がやっとわかったと思ったら長蛇の列。ここは財務省印刷局で、実際のドル札の印刷工程を見られるとかで人気らしいのだ。Holocaust Museumも出た頃には並んでいた。開館直後に再訪することにして、Freer Galleryへ。Sackler Galleryと合わせてアジア美術をまとめてひきうけている。アジアの現代もあるが、どうでもいいお手軽な映像なんぞに何10分も使うくらいだったら、はるかに手をかけてつくってあるインドの神々の像やイランの細密画を見たほうがよっぽど楽しめる。Sacklerさんは、LAやらあちこちの美術館にもその名を冠した部屋があるが、そんなにほうぼうに寄付した篤志家なのだろうか。それともサックラーという姓のひとはたくさんいるのだろうか。
China Townのはずれで食事。6ドル。ここはよかった。
連邦議会議事堂を見に行く途中でNational Building Museumを覗いてみる。入館料5ドル。金を払わせる言い訳に「National Building Museum is a private, non-profit institution.」と書いてあるのだが、Nationalなのにprivateってなんのこっちゃ。アメリカ国内の建築だけを扱うって意味か。しかしそこの建物はえらくでかい。5ドルなら払ってもいいんだが、あんまりおもしろくなさそうなのでやめておく。だいたい建物をMuseumで見るったって模型か図面か写真になってしまうのだから見てもしょうがない。
National Museum of Crime and Punishmentというのが7 Stにあるのだが、どう見ても国立ではなさそう。わかった。日本で美術館を称するのに法的規制がないように、どんな変な奴がNationalを名乗ってもダメとはいえないのだろう。Smithonianに見せかけた便乗商売か。有料なのに人気があるらしいスパイ博物館はInternational Spy Museum。さすが1枚うわて。
連邦議会議事堂。閉会中らしいが観光客だらけ。Whitehouseもそうだが日本より警備がゆるい。荷物検査とかあれほどセキュリティにうるさいのに不思議。まあ、国家の中枢に近づいてもOKな開かれた自由の国という演出なのだろう。
その東の連邦議会図書館。こりゃまたたまげたね。どこのバチカンですかって壮麗さ。まあ様式のパクリではあるし天井画はちょっとゆるいけど、とにかく豪勢。National Galleryの上をいく。見物客も多くて完全に観光名所。でも観光客が入れない調査閲覧室はさらに上。大理石に彫刻。NY市立図書館でも到底勝負にならない。コピーとりが列をなす霞ヶ関の役所は国会図書館を名乗るのやめたほうがいい。
ジェファーソンの蔵書を並べた一室がある。そもそも、図書館を独立戦争で焼かれたのを嘆いたジェファーソンが蔵書を寄付したのがこの図書館の興りなんだとか。ホメロスとかアリストテレスとかある。歴史と哲学と美術に興味を持っていたという。相当な人文系知識人だったんだろう。
5時過ぎに終わりっぽいのでNational Portrait Galleryの3階へ。コレクションの肖像。展示されている限りでは、伝統的な写実絵画が多い。非再現的な絵画を日頃描いている現代の画家による絵画はほとんどない。サム・フランシスだったかがオーネット・コールマンを描いている程度か。Museum of Artではなくあくまで有名アメリカ人の肖像を保存するための施設なので、ある程度その人物の顔が再現されている必要があるのだろう。ウォーホルはマリリン・モンローマイケル・ジャクソンで入っているが、再現的だからいいのだろう。写真はほとんどモノクロだが少ない。ポートレイト写真では有名なアーノルド・ニューマンは2、3点だけだった。
しかし、この施設の趣旨としては、肖像画家なり写真家はさして重要ではなく、再現されている当人が問題。写真家はどれだけ入っているかというと、エドワード・ウェストンが絵画で入っている程度。ウェストンはジェイムズ・キャグニーの撮影もしていた。そんな仕事もしていたのか。むろんコレクションの中にはもっとたくさんの写真家が入っているのだろうが、写真家の社会的位置を示すいい例ではあろう。
American Art Museumにも公開収蔵庫があった。Brooklyn Museumの公開収蔵庫も戦前のアメリカ美術だった。公開しなければならない理由があるのだろうか。
ホステルからロッカーの鍵を買ってしまう。4ドル。