朝から曇。Phillips Collectionへ。煉瓦づくりの古風な建物で、角の目につく建物は外装工事中。その隣に小さな建物があってそこから入る。10時の開館を待って、任意の寄付金を払って入館。中は近代的なミュージアムに改装されていて、Frick Collectionのように邸宅の内装をそのまま残すという趣向ではない。螺旋階段にわずかに片鱗が残っている程度。ただ、板張りの床は歩いてもぎしぎしいわずしっかりしていて、建物のつくりのよさを感じさせる。
近現代が中心。ここにもロスコルーム。4点だけだが。1960年にできた最初のロスコルームだそうだ。フィリップス氏が入れあげたらしい。部屋には1度に8人までしか入れない。ロスコは間違いなく残るだろうが、こういう崇拝するかのような扱いは、いっときの流行という気もしなくはない。出来不出来がはっきりしていて、大半はたいしたことないと思うし。National Gallery of Art東館のタワーギャラリーのロスコは別格扱いで、あの美術館があそこまでするのはどうかと思う。
ダウンタウンから距離のある住宅街で、平日なのにそこそこの入り。DCという街の集客力だろうか。
「TRUTH BEAUTY」というなんとも畏れ多いタイトルの写真展。1845年から1945年、ピクトリアリズムからスティーグリッツやエドワード・ウェストンあたりまでの、写真が芸術を指向していく時期の特集。MetropolitanでもNational Galleryでもこのころの写真の特集展示をやっているのだが、流行なのだろうか。
この国の美術館で開催される企画展では必ず大冊のカタログが刊行されていて、いまだにハードカヴァーと並製の2種が用意されていたりする。テキストも長く、よくあれだけ書けるもんだと思う。この展示でもそうで、Vancouver Galleryの刊行なのでそこの企画をそっくり持ってきたのだろう。ここもコレクションだけでは来客を維持できず、特集企画に頼らざるを得ないのだろうか。確かにパーマネントコレクションよりこっちのほうが客は多くて、地元のリピーターなのかもしれないけれど。で、この展示の企画者はこれまで100本以上をキュレートしてきたのだという。100本って……。33年のキャリアがあるとしたら年間3本、たとえ50年でも2本。仕事ぶりに驚くを通し越して、そんなに回してたら粗製乱造になるしかないと思うのだけれど。しかも浩瀚なカタログまでつくって。少なくとも、じっくり思いを込めて調べあげて納得のいく独創的な展示にするのは無理だろう。この展示も、通り一遍で特に新しいと思うものはない。そういう量産型のキュレーターも、箱を埋めていくためには必要なんだろうか。
ただ、ポール・アンダーソンの「Vine in Sunlight」1944が、クロロブロマイド、ゼラチンシルヴァー、パラディウム、ガム・パラディウム、マルティプル・ガムの5種類の技法によるプリントで並んでいて、これは技法の比較としては興味深い。上記の順で並んでいるが、その順でディテールは出なくなり、眠くつぶれたプリントになっていく。クロロブロマイドが別にあるからゼラチンシルヴァーというのはブロマイドかガスライトだろう。ネガとの再現特性の相性もあるし、露出の具合にもよるからこれだけで単純に判断はできないのだが、クロロブロマイドなりブロマイドなりのゼラチンシルヴァープリントがハイライトも中間調もシャドウもいちばん出るし、モノクロプリント技法としてはもっとも完成されているという日頃からの認識を確認することになった。
パーマネント・コレクションは続くとなっていながらドアが閉まっている。2階3階とも。工事にともない内部も閉鎖中の様子。そちらのほうが建物は大きい。大部分の展示室を見られなかったようだ。いたしかたなし。工事してない時期なら、もっと充実したコレクションを見られるいい美術館なのだろう。
近隣は隣にインド大使館があったりの高級住宅地ふう。Florida Aveで斜めに突っ切って16 Stの2600番あたりはリトアニアキューバポーランドなど大使館が密集。
Meridian Parkの向かいにMeridian International Centerというのがあり、「The Glory of Ukraine」の看板が立っている。ウクライナ東方正教会のイコンの展示。これは見なければ。水曜から日曜まででちょうどやっているのだが、14時から17時まで。開くまで30分以上ある。とりあえずもう少し歩いてみる。
その先にMexican Cultural Insutituteがあり、テキスタイルの展示。インターフォンをおそるおそる押すとこころよく開けてくれてなんのチェックもなく入れてくれる。メキシコいい国、かどうかはこれだけでは判断できないんだろうけどついそう思ってしまう。こういう窓口での対応は大事なもの。展示ははっきりした色づかいの民族衣装。なるほど彼らが派手な服を好むのは生まれからか。幾何学模様が主だが鳥や花も登場する。
Meridian International Centerに戻ってブロックを2周するが入口が見つからず、MERIDIAN HOVSEというのに入ったらここだった。歴史的建築らしい。Meridian International Centerというのは正体不明の組織。入口にはブザーも何もなく開けようとしたら鍵がかかっていて、ノックしたら開いて制服警備員がいかめしくも入れてくれる。
展示は広くはないが、充実のひとことに尽きる。
The National Kyiv-Pechhersk Historical and Cultural PreserveとThe Andrei Sheptitsky Lviv National Museumの所蔵品。すべて制作者名なし。The CloistersでもPhiladelphiaでもNational Galleryでも、11世紀の絵画はなく、石像か入口のアーチくらいだったが、ここでも11世紀の制作物は金メッキの蝋燭台のみ。絵画は1370年のテンペラの聖母子像から。聖母の顔に穴が開いているが、これがいい。
ローマ・カトリックグレゴリオ聖歌は単声で、高音域を主体としているが、東方正教会の聖歌は、グレゴリオ聖歌ほど古くはないせいかもしれないが複旋律で、分厚く野太い低音部にのっかるようにできあがっていると思う。上へ上へとのびていくローマ・カトリックゴシック様式東方正教会の地に根づいたような重厚な建築との対比、にまで結びつけてしまうと安易なアナロジーに堕してしまいそうだが、そうした東西それぞれのキリスト教典礼音楽の傾向が、宗教美術にも通じるような気がする。まあ印象だけの乱暴な話にすぎないが。
とにかく言いたいのは、イタリアを中心としたルネサンス以降のローマ・カトリック系の宗教画にくらべて、素朴で力強く野趣にあふれているように思う。いや、どちらもたいへん魅力的なのだが、こちらのほうはイコン崇拝の直接の対象だっただけに、単なる装飾ではない、いわば仏像のような念のこもりかたを感じるとでも言うか。
18世紀になっても素朴なイコンを描いている。しかも板にテンペラ。18世紀はじめにようやく板に油彩が出てきて、19世紀だとさすがに写実的。
などと述べてはいるものの、歴史には興味がない。美術館で美術を見ているのも美術史とは関係がない。古いものも新しいものもまったく等価に見ることができる。14世紀のウクライナテンペラのイコンでも、現代美術と同じように見たっていいし、マンガのキャラを見るように見たっていっこうにかまわない、そうした見かたもありうるはずだ。写実とはまったく異なるそれぞれ独自の人物再現の様式と奇妙な奥行き再現が実におもしろい。
とにかくスラブの腹に響く地響きのようなうなりにあてられて、4、5回は見てしまった。4部屋と少ないが1時間半たっぷり見た。途中警備員が警戒して何度も見回りにくるほど。いやこれはよかった。せっかくウクライナから運んできているというのに、こんなちらほらとしかこない客にしか見せないなんてもったいない。もっと告知するなりなんとかすればいいのに。したくない事情でもあるんだろうか。チラシやパンフレットも安手のカラーコピー。ゆっくり見られたのはいいんだけど。
そこから北東に向かう。16 StとMt.Pleasant StとHarvard Stの6差路にはThe Embassyとあり、何かと思ったらEmbassy Apartmentsという名の建物。大使館アパート。Irving Stと14 StでようやくTarget発見。BestBuyなどもあり、ちょっとした繁華街。Columbus Hights駅のすぐそば。学校なども多い。Targetは野菜が少ない。というより服とか生活雑貨が多くて食品売り場が狭い。人参とインゲンと玉ねぎとハムとマッシュルームとニンニク、醤油は買いたくないのでバーベキューソースを買って、まだ明るいので歩く。結構あるけどここまで歩いてきたんだから、歩いて帰れないわけがない。せっかくの街を見る機会なのに、地下になんか潜ってられない。14 Stは目抜き通りらしく結構おもしろい。そしたら途中のV Stでオーガニック食品のスーパーマーケットを見つける。明らかにオーガニックでもなんでもない、そこらのCVSでも売ってる一般ブランドの食品もあるのだが、これまで見たことない品物もあるし、野菜など品数が多い。すでにたくさん買っちゃったしこの先居場所がどうなるのかわからないので今日は買わないでおくが、Targetよりは近いのでそのうち行く。
と本日はたいへん実り豊かな発見の日であった。バーベキューソースを野菜炒めに使ったら、さすがアメリカの食べ物らしく甘くてちょっと失敗だったけど、こういうもんだと思えばおいしくいただける。生活力があると言われたことがあるが、それはない。生活力とは経済力を含意するから。でも生存能力ならあるぞ。